聖マリー・マドレーヌ・ポステル - The Sacred Secret
聖女

聖マリー・マドレーヌ・ポステル

ジュリー・フランソワーズ・カトリーヌ・ポステル/慈悲のキリスト教学校修道女会創立者
Sainte Marie-Madeleine Postel(仏)/ Saint Marie-Madeleine Postel(英)/ Sancta Maria Magdalena Postel(羅)
◆ 年代1756年11月28日 - 1846年7月16日
◇ 出身地フランス・ノルマンディー地方バルフルール
◆ 祝日7月16日
◇ 守護分野女子教育、教師、学校
◆ シンボル
百合の花十字架
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Life / 生涯

マリー・マドレーヌ・ポステル(洗礼名ジュリー・フランソワーズ・カトリーヌ)は1756年11月28日、フランス・ノルマンディー地方のバルフルールに生まれた。信仰深い漁師の家庭で育ち、ノルマン系カトリックの伝統の中で教育を受けた。わずか8歳で初聖体を受けたことは当時としては異例の早さであった。

1774年に地元の女子学校を開設し、フランス革命(1789年)の嵐の中でも教育活動を続けた。革命期には国家に忠誠を誓わない「宣誓拒否聖職者」を自らの家に匿い、ミサを行う場所を提供した。革命後も地道な活動を続け、1807年にシェルブールで「慈悲のキリスト教学校修道女会」を創立した。

1830年、75歳のポステルはノルマンディーの廃墟となった修道院(サン=ソヴール=ル=ヴィコント)を与えられ、晩年はそこで共同体の再建と修道会の発展に尽力した。1846年7月16日に89歳で帰天し、1908年に列福、1925年5月24日に列聖された。

Episode / エピソード・伝承

革命期にフランス各地の聖職者が弾圧される中、ポステルは家庭や物置などを「秘密の礼拝堂」に変えて秘密ミサを実現し続けた。信仰を守るためのこの勇気は、後の彼女の修道会精神の核となった。

晩年に廃墟同然の建物を受け取ったとき、仲間の修道女たちは絶望的な状況に戸惑ったという。しかし75歳のポステルは「神があなた方に与えたものを感謝しなさい」と励まし、数年のうちに修道院を再建した。この粘り強さと信頼が修道会の精神的支柱となっている。

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