クロナードの聖フィニアン - The Sacred Secret
聖人

クロナードの聖フィニアン

フィニアン・オブ・クロナード/フィニアン・マックー・テレハン
Saint Finnian of Clonard(英)/ Sanctus Finianus(羅)/ Finnio(ゲール古語)
◆ 年代470年頃 - 549年12月12日
◇ 出身地カーロウ郡(レンスター地方・アイルランド)
◆ 祝日12月12日
◇ 守護分野アイルランドの修道院・修道士教育、クロナード修道院
◆ シンボル
書物(聖書) 修道服 司教杖
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Life / 生涯

クロナードの聖フィニアンはアイルランドのレンスター地方(現カーロウ郡またはウェクスフォード郡)に生まれたとされています。若いころウェールズに渡り、ガウル出身の修道士ギルダスやカドックのもとで修道生活の訓練を受け、当時ブリテン島で確立されつつあったケルト修道霊性の伝統を深く吸収しました。アイルランドに帰国後、メスのボエックと聖ドゥブサインのもとで学びを続けました。

520年頃、ミース州のボイン川沿いのクロナード(Cluain Iraird)に大修道院を設立しました。クロナード修道院はたちまちアイルランド最大の学問・霊性の中心地に成長し、最盛期には3000名ともいわれる修道士・学生が学んでいたとされています。フィニアンの指導のもとで育った「アイルランドの十二使徒」と呼ばれる偉大な修道士群には、クロンファートのブレンダン、アーマーのコルンバン、ダロウのコルンバ(アイオナのコルムバ),キリアン,キーランなど後世のアイルランド・スコットランド宣教の担い手が含まれています。

549年、アイルランドを襲った大疫病(イエロー・プレーグ)で帰天しました。「アイルランドの修道士の師」「アイルランドの十二使徒の父」として称えられています。

Episode / エピソード・伝承

フィニアンが疫病で倒れた際、弟子たちが逃げようとするのを「羊飼いは羊を守るために死んでもよい」と言って引き留め、自ら病人の看護を続けたと伝えられています。また彼の伝記には聖パトリックの亡霊が「アイルランドに生まれた者の中でフィニアンよりも尊い者はいない」と語ったという記述があります。

フィニアンはいわゆる「ピルグリム(巡礼的修道士)」の典型であり、学問と祈りと旅の三位一体をアイルランド修道士の理想として体現しました。彼の「ペニテンシャル(告解規定書)」は現存する最古のアイルランド懺悔規定書のひとつであり、中世ヨーロッパに広まった告解制度の基礎を築く上で重要な役割を果たしました。

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