ローマの聖フェリチタス - The Sacred Secret
聖女

ローマの聖フェリチタス

フェリキタス/フェリシタス
Santa Felicita di Roma(伊)/ Saint Felicitas of Rome(英)/ Sancta Felicitas(羅)
※ 「聖フェリチタス」という名の殉教者は複数います。このページは2世紀ローマで殉教した未亡人・フェリチタスについてのものです。3月7日に祝われる聖パーペチュアと殉教した「カルタゴの聖フェリチタ」とは別人です。どちらも古代の著名な女性殉教者です。
◆ 年代生年不詳〜165年頃
◇ 出身地ローマ
◆ 祝日11月23日
◇ 守護分野子供を亡くした親・子供の死・殉教者・不妊・男の子を望む親・未亡人
◆ シンボル
棕櫚の枝 7人の子供
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Life / 生涯

ローマの聖フェリチタスは2世紀の裕福なローマ人未亡人で、深い信仰を持つキリスト教徒として知られていました。7人の息子を育てながら熱心に信仰生活を送り、その篤信と慈善の行いによって周囲の人々に大きな影響を与えました。

ローマ皇帝マルクス・アウレリウスの時代(165年頃)、キリスト教徒への迫害が激化するなかでフェリチタスは当局に連行されました。記録によれば、フェリチタスは棄教を拒んだため7人の息子とともに処刑されたとされています。息子たちが次々と殉教していくのを見守りながら、自らも最後に命を捧げたその姿は「殉教者の中の殉教者」として後世に深く刻まれました。

古くから彼女への崇敬は根強く、ローマのサラリア街道沿いに建てられた聖堂は現在も「サンタ・フェリチタ」として残っています。

Episode / エピソード・伝承

伝承では、フェリチタスが息子たちの殉教に際して涙を流すことなく、むしろ彼らを励ましながら「天国で再び会おう」と言い送ったと伝えられています。子を先に逝かせながら自らも信仰を貫いたその姿は、悲嘆の中にある母親たちの特別な守護者として崇められる由来となっています。

教父テルトゥリアヌスは彼女について言及しており、早い時期からその名が広く知られていたことがわかります。中世には「七ペルソナの殉教」として彼女と7人の息子をひとつの絵画テーマとして描く慣習が広まり、ヨーロッパ各地の教会芸術に影響を与えました。

なお彼女の7人の息子の名は、ヤヌアリウス・フェリックス・フィリップス・シルウァヌス・アレクサンダー・ウィタリス・マルティアリスとして伝えられており、それぞれが独自の殉教者として別個に祝われることもあります。

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