聖レオポルド・マンディック - The Sacred Secret
聖人

聖レオポルド・マンディック

レオポルド・マンディッチ/ボガダン・イヴァン・マンディッチ
San Leopoldo Mandic(伊)/ Saint Leopold Mandic(英)/ Sanctus Leopoldus Mandic(羅)
◆ 年代1866年5月12日〜1942年7月30日(享年76歳)
◇ 出身地クロアチア・ヘルツェグ・ノヴィ(当時オーストリア領)
◆ 祝日5月12日
◇ 守護分野告解・和解・東方キリスト教との一致・クロアチア
◆ シンボル
フランシスコ会の修道服 告解室 ロザリオ
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Life / 生涯

レオポルド・マンディックはクロアチアのダルマチア地方に生まれました。幼い頃から神父になることを志し、カプチン・フランシスコ会に入会。重い吃音と健康上の問題を抱えながらも1890年に司祭に叙階されました。彼の夢は故郷クロアチアや東欧での宣教活動でしたが、上長の判断によってイタリアのパドヴァに留め置かれることになります。

パドヴァで与えられた使命は、告解の聴聞という地味な仕事でした。レオポルドは当初これを不本意に感じていたと伝えられていますが、やがてこの小さな告解室こそが神から与えられた「宣教の場」であることを悟ります。以後約40年間、彼はパドヴァの小さな告解室に座り続け、各地から訪れる巡礼者・信徒の告解を聴き続けました。

第二次世界大戦中、パドヴァへの空爆で周囲の建物が次々と破壊されるなかも、レオポルドの告解室だけは奇跡的に無傷でした。1942年7月30日に76歳で帰天。1983年に教皇ヨハネ・パウロ2世によって列聖されました。

Episode / エピソード・伝承

レオポルドは非常に小柄(身長約135cm)で、声は弱く、吃音があり、体は病弱でした。外見上は「力強い宣教師」とはほど遠い存在でしたが、告解室に座る彼のもとには絶え間なく人々が訪れました。その温かさと深い理解力、そして「神の慈しみ」への揺るぎない信頼が人々を引き寄せたといいます。

彼の告解は「厳しい断罪」ではなく「神の慈しみへの導き」として知られており、どんな重い罪を告白した人も慰めと赦しを得て帰っていったと証言されています。「神はすべてを赦す準備ができている」というのが彼の口癖でした。ある時、上長から「もう少し厳しく断罪せよ」と言われると、「それなら私は地獄に行って、慈しみを知らない人々を神のもとへ連れ帰る」と答えたという逸話も残っています。

空爆で周囲が瓦礫と化した後も残った告解室は、現在もパドヴァのカプチン修道院に保存されており、多くの巡礼者が訪れる場となっています。「パドヴァの使徒」「告解の聖人」として今も世界中の信者に親しまれています。

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