聖ジャンヌ・ド・ヴァロワ - The Sacred Secret
聖女

聖ジャンヌ・ド・ヴァロワ

ジャンヌ・ド・ヴァロワ/フランスのジャンヌ
Sainte Jeanne de France(仏)/ Saint Joan of Valois(英)/ Sancta Johanna de Valesia(羅)
◆ 年代1464年4月23日〜1505年2月4日
◇ 出身地フランス・ヴァロワ
◆ 祝日2月4日
◇ 守護分野身体障害者、フランス王室の祈願者
◆ シンボル
百合の花(フランス王室の紋章)修道服十字架
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Life / 生涯

聖ジャンヌ・ド・ヴァロワは1464年4月23日、フランス国王ルイ11世とシャルロット・ド・サヴォワの次女として生まれました。生まれつき背骨が湾曲していたため、父王は彼女を疎んじ、利用価値のある政略結婚の道具としてのみ扱いました。2歳の時からリンジー侯爵のもとで養育され、幼い頃から深い祈りの生活を送りました。聖母マリアへの特別な信心を培い、将来修道会を設立したいという願いを秘めていました。

ジャンヌは12歳でオルレアン公爵ルイ(後のルイ12世)と政略結婚させられましたが、ルイは彼女の外見を嫌い、婚姻を忌避し続けました。1498年にルイが国王に即位すると、彼はローマ教皇アレクサンデル6世に婚姻無効を申請し、承認されました。この屈辱的な経験を静かに受け入れたジャンヌは、政治から離れてブールジュに隠棲し、1500年に聖母のご告知修道会(アンノンシアード修道会)を設立しました。修道会の精神は、聖母マリアが天使に「はい」と答えた謙遜と従順を生き方の核心とするものでした。1505年2月4日に帰天し、1950年に教皇ピウス12世により列聖されました。

Episode / エピソード・伝承

夫ルイ12世との婚姻無効審判において、ジャンヌは公の場で自分が正しく愛された妻であったことを主張しました。しかし判決が下りると、彼女はいかなる怒りも示さず、「神のご意志が成就されますように」と述べたと伝えられています。この穏やかな受け入れは、後に彼女の列聖審査で「英雄的な徳」の証拠の一つとして引用されました。

彼女が設立したアンノンシアード修道会は「聖母の十の徳」を霊的核心に置き、謙遜・貧困・純潔・服従・感謝・純潔な意向・忍耐・慈悲・神の愛・従順という美徳を日々の生活で実践することを目指しました。修道会は現在もフランスを中心に存続しており、その精神は毎年2月4日の祝日に改めて確認されています。ブールジュの大聖堂には彼女にゆかりの深い聖遺物が保存されています。

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