聖パンクラティウス - The Sacred Secret
聖人

聖パンクラティウス

パンクラティウス/パンクラス
Saint Pancrace(仏)/ Saint Pancras(英)/ Sanctus Pancratius(羅)
※ 聖パンクラティウスの生涯に関する史料は非常に限られており、その詳細は初期キリスト教時代の伝承に基づいています。
◆ 年代289年頃〜304年5月12日(享年14歳頃)
◇ 出身地フリギア(現トルコ西部)またはシリア
◆ 祝日5月12日
◇ 守護分野子ども・若者・仕事を求める人・健康・痙攣(クランプ)・頭痛・偽証・偽誓からの守護・誓約と条約の守護
◆ シンボル
棕櫚の枝(殉教) 甲冑(若い殉教者として)
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Life / 生涯

聖パンクラティウスは3世紀末頃、小アジア(現トルコ)またはシリア出身とされる少年です。幼い頃に両親を亡くし、叔父ディオニュシウスに引き取られてローマへ移ります。ローマでキリスト教の信仰に触れたパンクラティウスは洗礼を受け、熱心なキリスト教徒となりました。しかしディオクレティアヌス帝によるキリスト教迫害(303年〜)の嵐のなか、信仰を棄てることを拒んだ彼はわずか14歳頃で捕らえられます。

皇帝自らが少年の若さを憐れみ、棄教すれば自由と富を与えると説得したと伝えられますが、パンクラティウスはこれを一切拒否しました。304年5月12日、アウレリア街道沿いで斬首の刑に処され殉教しました。4世紀初頭に彼の墓の上に礼拝堂が建てられ、後にコンスタンティヌス帝の命でバシリカが建設されました。

ローマの城外サン・パンクラーツィオ教会(バシリカ・ディ・サン・パンクラーツィオ)は今日も多くの巡礼者が訪れる場所となっています。ロンドンのパンクラス駅(St Pancras International)もこの聖人の名に由来します。

Episode / エピソード・伝承

中世ヨーロッパでは、聖パンクラティウスの墓の上で偽りの誓いを立てた者は即座に罰せられるという伝承が広く信じられており、特にイングランドでは重要な誓約・条約の締結が彼の聖堂の前で行われるほど、偽証の裁き手として崇敬されていました。グレゴリウス1世(大教皇)はイングランドへ宣教師を派遣する際、聖パンクラティウスの遺物を特別に携えさせたといいます。

5月12日〜14日は中央ヨーロッパで「アイスメン(Eisheiligen)」と呼ばれる晩霜の時期に重なります。聖パンクラティウス(12日)、聖セルウァティウス(13日)、聖ボニファティウス(14日)の祝日がこの寒の戻りの時期と重なることから、農家では「アイスメンが過ぎるまで夏野菜は植えるな」という言い伝えが今もドイツ語圏に残っています。

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